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若林弘泰の息子は2人で嫁の顔画像は?出身高校や経歴に教え子も!

体罰問題で取り沙汰されている東海大菅生高校野球部の若林弘泰(わかばやしひろやす)監督。

東海大菅生高校野球部は春・夏あわせて甲子園に8回出場している東京の強豪校です。

 

若林弘泰監督は巨人・原辰徳監督の父で、巨人・菅野智之投手の祖父でもある原貢さんと、星野仙市さんから強い影響を受けたそうです。

ご自身でも語っているように指導はかなり厳しく、いわゆる「昭和的な」指導法のようですね。

選手を褒めることもめったになく、かける言葉も常に厳しいのだそう。

「優しい言葉をかけても子どもたちのためにはなりませんからね」とも語っています。

 

この記事ではそんな若林弘泰監督の息子や妻(嫁)などの家族構成、出身高校に経歴、教え子などについてまとめてみました。

  • 若林弘泰の家族構成(息子・嫁)
  • 若林弘泰の出身高校や経歴
  • 若林弘泰の教え子

若林弘泰の家族構成(息子・嫁)

若林弘泰監督は社会人時代に結婚されており、家族は妻(嫁)と息子2人の4人家族です。

家族構成:妻(嫁)と息子2人の4人家族

妻の名前は祐美子さんで、若林弘泰監督が37歳で大学に通っていた時も、陰ながら支えてくれていたそうです。

お二人は現在、東海大学菅生高校のあるあきる野市で夫婦二人で暮らされています。

監督業もかなりハードでしょうから、今も奥様が生活面や食事面などを支えているのでしょう。

若林弘泰監督には息子さんが2人いて、監督が28歳と26歳の時に産まれたので、二人ともすでに成人されていることになります。

長男については野球をやっていたという情報がないのですが、次男は野球経験者で名前は若林泰生さんと言います。

若林泰生さんは小学校4年生時に少年野球を始めました。

少年野球のコーチは父・若林弘泰監督で「他の子より厳しかった」そうです。

そうしないとしめしがつかないと考えたのかもしれませんね。

 

高校は甲子園を目指し東海大菅生に進学しますが、進学後はマネージャーの打診を受けることに。

若林泰生さんは悩んだ末に「支える役割でベンチに入れるなら」と野球部マネージャーとなり、高校3年生の地区予選(西東京大会)では記録員としてベンチ入りしました。

また、甲子園出場は叶わなかったようです。

 

高校卒業後も野球をしていたのかは不明ですが、高校での野球部マネージャーで野球人生に終わりを告げたのかもしれません。

若林弘泰の出身高校や経歴

若林弘泰監督の出身高校や中学は以下の通りです。

出身小学校:横浜市立永田台小学校

出身中学校:横浜市立永田中学校

出身高校:東海大学付属相模高等学校

出身大学:東海大学

神奈川県茅ヶ崎市で生まれた若林弘泰監督は、幼い頃に横浜市南区に引っ越し、小学3年生から永田オックスで野球を始めます。

ポジションはピッチャーやキャッチャーで区大会で優勝したこともあったそうです。

 

高校は海大相模高校に進学します。

東海大相模高校の中心選手として活躍していた原辰徳さん(現・巨人監督)に憧れていたからだそうですよ^_^

東海大相模高校では1年春からベンチ入りし、高3の夏にはエースナンバーの背番号1を付けましたが、甲子園出場を果たすことはできませんでした。

 

高校卒業後に進学した東海大学では大活躍で、大学2年次には首都春季リーグにて防御率0.00で最優秀投手賞を獲得。

しかし、残念なことに3年次には右ひじを痛め手術も経験します。

そのため、大卒でのプロ入りは叶わず、日立製作所に入社することになりました。

経歴

大学卒業後の若林弘泰監督の経歴がこちらです。

日立製作所

中日ドラゴンズ

運送会社で5年間勤務

名城大学で教員免許取得

東海大菅生高校社会科教師(2年間)

東海大菅生高校野球部監督就任

 

日立製作所では3年間プレーし、その後1991年のドラフト会議で中日ドラゴンズに4位指名され入団。

しかし大学時代に痛めた肘の影響で思うような活躍はできず、1997年に現役を退きます。

6年在籍期間の成績

17試合登板

1勝1敗防御率8.85

現役引退後は、中日時代の指揮官だった星野仙一さんの紹介で、5年間運送会社で勤務します。

 

しかし、地元の先輩が岐阜県の高校の監督をしている姿を見たことをきっかけに、野球への情熱が再燃!

若林弘泰監督は指導者になるためになんと37歳で名城大学に入学し、2年間の勤労学生を経て教員免許を取得します。

 

若林弘泰監督は指導者への思いをこのように語っていました。

「本当にやりたかったのはこれだったと思ったんです」

強烈な情熱がなければ37歳で大学に通い教員免許を取るなんてできないですよね。

 

ただ、当時は元プロ野球選手が高校野球で指導するには2年間教壇に立つ必要があったんです。

そこで2007年春、東海大時代の恩師・岩井監督の推薦で東海大菅生高校の社会科教師として着任し、2年間教壇に立って授業を行ったんだそうです。

 

現在は「NPBプロ研修」と「学生野球研修」の2つの研修会を修了し、日本学生野球協会の適性審査で認定されれば、学生野球を指導することができる

 

そして2009年4月についに東海大菅生高校の野球部監督に就任されました。

 

若林弘泰の指導者としての成績と教え子

若林弘泰監督の指導者としての成績と教え子についてもご紹介していきます。

成績

2015年春:監督就任後初の甲子園出場

2017年夏:清宮幸太郎選手擁する早稲田実業を決勝で下し、西東京大会優勝

2017年夏:甲子園ベスト4(同校史上最高成績)

教え子

髙橋 優貴(たかはし ゆうき):投手・2018年巨人ドラフト1位

勝俣 翔貴(かつまた しょうき):内野手・2019年オリックスドラフト5位

戸田 懐生(とだ なつき):投手・2020年巨人育成選手ドラフト7位 ※中退

2018年のドラフトでは巨人1位指名を獲得した髙橋優貴選手も教え子なんですね。

 

また、若林弘泰監督は自身の指導法に関する著作も2冊出版されています。

 

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まとめ

ここまで「若林弘泰の息子は2人で嫁の顔画像は?出身高校や経歴に教え子も!」と題してお送りしてきました。

家族構成:嫁・息子2人

次男は野球経験者

学歴:

  • 横浜市立永田台小学校
  • 横浜市立永田中学校
  • 東海大学付属相模高等学校
  • 東海大学

経歴:

  • 日立製作所
  • 中日ドラゴンズ
  • 運送会社で5年間勤務
  • 名城大学で教員免許取得
  • 東海大菅生高校社会科教師(2年間)
  • 東海大菅生高校野球部監督就任

プロでは怪我のため思うように結果が残せなかった若林弘泰監督ですが、監督としての実績は着実に積み上げてきました。

それだけに今回の体罰問題は非常に残念です。

今後続報もあるかもしれないので注目していきたいと思います。

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